「二人の魔法使いの一時」




 蒐集癖というものは中々どうにも厄介である。
 抑える方法も単純明快なのが厄介だったりもする。
 蒐集すれば言いだけの話なのだから、処構わずマジックアイテムの蒐集に走ればいいだけのこと。

 見境なく、形振り構わず、考えずに。






 「しかし、参ったもんだな」

 普通の魔法を扱える程度の霧雨魔理沙は軽く溜息をつきながらポツリと一言漏らす。
 彼女の職業は魔法使い。
 そして、向かい合う彼女もまた魔法使い。

 「こっちはいい迷惑なんだけど」

 魔法使いという一族の末裔アリス・マーガトロイド。
 職業としての魔法使いと一族として在る魔法使いの違いなど余り気にしてはいない。
 せいぜい寿命が違うくらい、程度にしか考えてなかったりもする。

 「そりゃ災難だな」
 「そう思うんだったら、来ないでほしいんだけど」
 「同じ魔法使いのよしみだろ。いいじゃないか」
 「……………自分の不始末ぐらい自分で片付けたらいいじゃない」
 「物事には何事も得手不得手ってものあるだろ。だったら専門の人間に任せるのが一番だ」

 その方が手っ取り早い、と言いながら魔理沙はシニカルに笑いながら言う。

 「それであの館のメイドに任せているの?」

 対照的にアリスは呆れながらの一言。

 「ああ。繋がりってもんはいいもんだ」
 「だったら、あの館に行けばいいような気がするんだけど。あなたに懐いているのもいるんでしょ」
 「後で行くさ」
 「今、行ってほしかったりするんだけどね」

 ほれ、と視線を窓に向ける。
 サンサンと嫌味なしに陽の光が降り注ぐ、明るい真昼の現。
 つまりは、人間が活動を主とする時間であり、妖怪・悪魔の類は休眠中だったりするわけだ。

 「真昼間だろ。あいつら夜型だし、寝てるだろうからな」
 「つまりは、暇潰しなわけね」

 コト、と何かを置いた音が二人が取り囲むテーブルの上でした。
 魔理沙はテーブルに視線を向ける。音そのものにも、音の原因であるソレも違和感なく受け入れていたが、ソレを見入るようにして、

 「そういうことだ。……………ゲッ、ちょっと待て」

 言い終える前に、ソレがどんな状態であるか理解して魔理沙は目を見開いて、焦る。
 焦るが、終わった事をどう焦ろうとも、相手に慈悲がなければ、どうにもならないこの実情。

 「待たないわよ。チェックメイトね」

 ため息を付いて、つまらなそうに一言。
 そして、アリスには慈悲がなかった事が証明された。

 チェスをしながらの会話。
 結果は会話のとおり、アリスのチェックメイトという状態。
 魔理沙がどんなに足掻いてももう覆せないだろう。
 ちゃぶ台返しならぬテーブル返しをしない限りはどうにもならないだろう。
 やったとして、弾幕合戦が始まるのは目に見えているのだが、そこまでこの敗者は大人気ないわけではなく

 「参った。私の負けだ」

 ガックリと頭をたらして、素直に負けを認めたりする魔理沙である。
 実に潔かったりする。

 犬猿の仲である二人の静かで小さい勝負はやはり、静かに付いたのだったりする。





 部屋でチェス盤をしまった二人は向かい合って紅茶を飲んでいたりする。
 非常に不本意ながら、紅茶はアリスが入れていた。
 毒でも盛ろうかな、と思ったり思わなかったりしていたりもするわけだが、毒は盛らず普通に紅茶を出した。

 「しかし、改めて見ると不気味だよな」

 魔理沙は辺りを見回しながらポツリと一言、紅茶を口に含んだ後に洩らす。
 その視界に映るのは人形。
 それも一体ではなく、視界一面にそれは広がっていて、それは魔理沙とアリスを取り囲むように円状に展開している。
 二人はさながら、人形を観戦客としたチェスをしていたという事になる。
 大抵の人間が見れば不気味この上ないだろうが、持ち主であるアリスは気にする素振りを見せず、優雅を演じるように紅茶を口にして、

 「不気味とは失礼ね」

 その言葉に魔理沙は部屋をグルグルと見回しながら、

 「そこら中から見られてる気がするぞ。
 これを不気味と言わずに何て言えってんだ?
 しかも、大層大事そうに置いてるしな」
 「手入れが大変なのよ。痛むから」
 「人形で埋め尽くされなよ」

 アリスはハァ、と一つ溜息をついてから、魔理沙をジト眼で見るようにして、

 「あなたに言われたくないわ。
 あなたにはね。
 いい加減限度、節度というものを知ったほうがいいわよ」
 「言葉は知っている」

 うん、納得し頷き腕組みしながらの一言に、アリスの額に青筋が入り、それがスイッチが入ったように喋りだした。

 「意味を理解しなさい。
 そして実行しなさい。
 あなたのあの家、雑然の域を通り越して、混沌としているじゃない。
 蒐集のし過ぎで、家を埋め尽くされたなんて笑い話にもなんないわよ。
 あんな程度の地震でアイテムが崩れて埋め尽くされるなんてね」

 事実、魔理沙の家はマジックアイテムで埋め尽くされ、家に入れなくなっていた。

 先日幻想郷で地震があった。
 尤も、地震の規模は大きいものの震度は小さく軽度のもので普通にしている家は被害はなかったのだ。
 唯一普通にしていない魔理沙の家は地震の被害あっていた。

 前述のとおり普通の家では問題がない。
 だが、問題は魔理沙の家のほうにあった。

 蒐集しすぎて山積みで放置していたマジックアイテムが雪崩のように押し寄せてきたのである。
 その時、偶々紅魔館に出かけていたので魔理沙自身は大丈夫だったが、帰ってきたときには扉を開けるとマジックアイテムが雪崩の跡のようになった光景が眼に入っていた。

 致し方なく紅魔館のメイド長である掃除の達人、十六夜咲夜に清掃を頼んだ次第である。

 清掃が終わるまでの間とは言っても、流石に掃除のプロでもまず一日じゃ終わらないだろうから、夜になるまでの間アリスの家に訪れていたりする。
 本人の了解を得ずして勝手に無断で訪問し、入ってきている。
 尤も当のアリスも丁度人形を手いれるするための人形作りが一段落していたところで暇していたのでタイミングは良かったりする。

 そして、犬猿の仲である二人は穏やか且つ白熱した勝負に突入していて、決着は着いた。
 形としては魔理沙の惜敗だったが、アリスが全力だったのなら惨敗になっていたのかもしれない。
 いつも彼女は相手の力量に合わせて勝とうとするから、今回全力ではない可能性は否定できない。

 そんな事を含めたように魔理沙はシニカルに笑いながら、

 「何事も遊びは全力でやらないと面白くないだろ?」

 問うように言うが、問われたアリスは面白くなさ気で、つまらなそうに紅茶を一口飲む。
 冷めていたのでおいしくはなく、さらにつまらなそうな色に染まりながら、

 「確か、人生全部遊びとか言ってたわね。………子供ね」
 「手加減して何かをやっていても面白くともなんともないからな」
 「そうかしら」
 「お前と霊夢みたいな奴には分からないだろうな」

 アリスはその一言にカチン、とくる。
 二色と七色では存在価値が違う。
 二色は七色の三割にさえも満たない。
 そんな図式が脳裏に描かれ、魔理沙に言いそうになるが、相手は無関係だということで堪えて、短く一言。

 「あの二色の巫女と同じにされるのは気に入らないわね」

 同族嫌悪の同類嫌悪の一言。
 それは同じように見るなと警告するかのようであったが、魔理沙はそれを無視というか、気が付かず霊夢とアリスを同じように見るようにして、

 「お前たち見てると楽しいのかねと思いたくもなる。
 そもそも全力でやって負けりゃ後がないんだろうって事は分かるが、その理由ってヤツもな。
 だけど、それだから全力を出したくないってのは理解できないな」

 魔理沙に言っても意味が無い事を悟り、言った自分に呆れるアリスは、ふぅ、とため息を付く。
 そして、一呼吸おいた後、

 「人には色々とあるのよ」

 色々ある。確かにそうだ。
 魔理沙みたいな者が全員じゃないし、アリスみたいな者も全員はいない。結局は人それぞれ。
 孤独が好きな人がいれば、嫌いな人もいる。集団でいることが好きな人がいれば、嫌いな人がいる。
 その人が嫌うものを好きな人もいる。その人が好きなものを嫌う人がいる。
 所詮はその程度のことだ。分からないのも当然だろう。価値観の相違なんてあって当然のことだから。

 「確かにそうだな」

 魔理沙はシニカルに笑いながらあっさりと同意するが、アリスはそれを然して問題とせず、どうでもいいように受け流し、外を見る。
 周りは暗く、空は黒い。
 既に夜になっている。
 妖怪を初めとした夜型の存在の活動の時間帯。
 無論それに吸血鬼も含まれ、紅魔館も活動時間に入ったことだろう。

 「さて、もう夜になったみたいよ」
 「ん、ああ。そうだな。それじゃ、そろそろ行くか」

 そう言って、立ち上がり片手を振って魔理沙は去っていく。アリスはその姿を確認しようともせず、すっかりと冷めた紅茶を口にして、

 「ええ、二度と来ないでね」

 だが、既に魔理沙の姿はなくその言葉は虚空へと消え、意味もその存在もなくなった。アリスも聞こえようが聞こえていないでようが余り関係ないらしく、紅茶を飲み干し、椅子を引いて立ち上がる。

 「手入れ用の人形作るのも結構骨ね」

 そう言って、いつもと変わらず魔法の研究を再開するために部屋を後にする。



 いつもとは少し違った一時だが、何が変わるわけでもない。
 二人にとっては意味があったわけでもない。
 ただ会うべくして会って話した。ただそれだけのこと。

 二人は犬猿の仲だとしてもそれなりに退屈せずに話せ、魔法の研究をしているアリスには良い息抜きにはなっていた。

 まあ、後これは本人達である魔理沙とアリスは決して認めようとしないだろうが、お互いが嫌いあってないことは確かだろう。
 そうでなくては、紅茶を飲んでのお茶会など持っての他だろうから。



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