シキシキアキハ


 シキ
と書き込む。
するとそいつも
 シキ
と書き込む。
遅れて
 アキハ
と書き込む。

それが俺達の日課。陣地取り。
本当は僕はそいつのことが嫌いだった。
だから陣地取りを始めた。
ここは僕の陣地。だから出ていけという意味だった。
なのにそいつは笑いながら横にシキと書き込むんだ。
 ムカツク。
僕はいっぺんそいつを殴った。
そしたらそいつは5発殴り返してきた。
こっちが一発しか殴っていないのに、5発も!
 卑怯だった。
 この卑怯者。
僕はそいつにつかみかかった。
すぐに大人がやってきて、僕たちを引き離す。
 俺はそいつにむかって、おもいっきり、あっかんぺーをする。
なのに、そいつは笑いながら、同じくあっかんぺーをしてきた。
 なんて、ムカツク。
 喧嘩した理由は簡単だった。
そいつが僕の役目をとろうとしたからだ。
そいつも、アキハが大切だ、といったから。
アキハのお兄ちゃんは僕だよ! と言う。
じゃあ大切にしろよ、なんて生意気なことをいうんだ。
じゃあお前なら大切にできるのか! といったら、そいつは、うん、なんて頷いたんだ。
 なんてヤツ!
だいたいそいつの名前も気にくわなかった。
そいつの名前も同じシキという。
 僕の方が本物のシキだと喚いてもそいつは知らんぷり。
お互いシキでいいよ、なんていう。
 なんてムカつく。
 同じ名前というのは、なんてむかつくんだろう。
なんでパパはんなヤツをつれてきたんだよ。
ママはアキハが産まれたらいなくなっちゃった。
よくわからないけど、どっかにいっちゃったんだ。
でも僕はさびしくなかった。
だってアキハがいたから。
こんなに幼くて可愛くて、ちっちゃいアキハを護るのは、僕の役目だった。
そういうと、パパも喜んでくれた。
それが僕の役目だというのに――そいつは同じ名前で同じ役目だというんだ。
なんてむかつく。
とてもむかついた。
 でもそいつにはいいところもあった。
嘘をつかなかった。
アキハを連れ出してくる、というといろんな手を使ってそいつはアキハをあの鬼ババの先生から連れ出してきた。
 だからそいつのことは気にくわないけど、そいつの言うことだけは信用することにした。
 だから、そいつとも遊ぶことになった。
 僕とアキハとそいつとヒスイとでかけずり回る。
森は広かった。そには何でもあった。
虫もいたし、木登りもした。鬼ごっこもしたし、陣地取りもした。
疲れたら奥の離れで一休み。
そこにはいろんな人がいて、僕たちに水をくれた。
走り回って喉がカラカラな僕たちにはとっても嬉しかった。
 でも相撲とかそういうのはしない。
 アキハがイヤがったから。
だから、よくやったのは鬼ごっこ。
鬼が増えていくから、いそいで逃げないとダメ。
 よく僕は追いかけ回したし、追いかけ回された。
 でよく捕まって鬼になった。
 アキハが鬼になると、ワザと足を遅くして捕まった。
 アキハが一人で鬼なんて、可哀想だろ?
 バレないようにやるのはコツが必要だ。
 だからよくアキハと僕の鬼と、ヒスイとそいつとのおいかけっこになった。
 どろんこになるまで、日が暮れるまで、走り回った。
 そして大人たちに怒られる――それが僕の毎日だった。

 僕たちにはそれぞれ部屋がある。あいつとかは離れで寝ている。
 だから夜からアキハを護るのは完全に僕の役目だった。
よく真っ暗になると、眠い目をこすって、アキハの部屋にいった。時々寝てしまったけど、頑張ってアキハの部屋にいくのも、僕の毎日だった。
 真っ暗な中、アキハはうさぎのぬいぐるみを抱きながら、怯えているんだ。
 でも僕がくるとようやくほっとしたように笑うんだ。
アキハが怖くないように、アキハが眠れるように、僕はいろんな話しをする。
 アキハの夢は「お嫁さん」だった。
 僕は大きくなったら宇宙飛行士になりたかった。だって、格好良いだろ?
 でももう一つ夢があった。
アキハの夢が「お嫁さん」だから、僕は「お婿さん」になるんだ。
アキハのお婿さんになる――それが僕のもう一つの夢。
 パジャマ姿のまま、アキハのベットに腰掛けて、お本を読んであげる。
 桃太郎とか浦島太郎とかシンデレラとか赤ずきんちゃんとか。
 でもアキハは変わっていて、赤ずきんちゃんの狼が可哀想なんて言うんだ。
 お腹すいていたら、もっていたワインとパンを上げればよかったのに、って。

  アキハはなんてやさしいんだろう!

 僕はぎゅっと抱きしめてあげる。
 するとアキハはとてもくすぐったいような顔をするんだ。
「ねぇお兄ちゃん」

アキハが少し寂しげにいう。

「ママ、どこ?」

僕はどこかに、僕たちをおいてどこかにいってしまった、なんて言えないから、よく困った。
だから僕はさらにぎゅっと抱きしめる。
僕が覚えているママは、よくこうして抱いてくれた。
それしか覚えていない。
だから、それをアキハにも伝えたくて、だからぎゅっと抱きしめるんだ。

「……お兄ちゃん?」

 アキハの息がくすぐったい。
 でも僕はぎゅっと抱きしめて、ママのあの感触を伝えようとしたんだ。
 それしか僕にはできないから。
 それしかアキハの質問に答えられないから。
 そのうちアキハがうとうとして、寝息をたてたら、ようやく僕は部屋に戻る。
 おやすみ、と告げて――。


 僕たちはよく陣地取りをする。
 シキシキアキハとかかれたのを見て、ついにんまりする。
この広い家がゆっくりと僕たちのものになっていくんだ。
半ズボンの右ポッケにはビー玉とちびた白墨。
左ポッケには輪ゴムときらきら輝くとても綺麗な石。
そして胸にはアキハ。
 それが僕のすべて。
だから毎日がとても楽しかった。
 キラキラして、眩しくて、嬉しくて、嫌いなそいつとも楽しくやれた。
 楽しかった。
 本当に楽しかった。
 そいつは気にくわないけど、嘘はつかないとし、アキハのことを大切だといった。
だからそいつをシンライした。
そいつをきちんと呼び出して――まるでマンガのようで僕はワクワクした――そいつにきちんといった。
 もし僕になにかあったら、アキハを守るんだぞって。
そいつはうんと頷いた。
 そしてそいつも、自分になにかあったら、アキハを守るんだぞ、と言った。
 当然じゃないか、僕はお兄ちゃんなんたから。
 すると、そいつも頷いて、
自分もお兄ちゃんになる、っていうんだ。
 お兄ちゃんになる、というそいつの言葉に、僕はシンライした。
シンライは信用よりも強い言葉、だと思う。
 その時から、僕たちは少しだけ仲良しになった。
 同じ秘密をもったから。
 たったふたりの秘密。
 すんごくワクワクして、とっても真剣で、とてもいいもの。
 だからこんなにも楽しい。
 毎日、勉強は難しくて、躾とか習い事は厳しくて大変だけど、毎日暇を見つけてかけずり回った。
子犬や子猫のように、4人でじゃれあった。

 シキシキアキハ

これはその証。
こう書き込むたびに、楽しくなっていく。
これが僕たち4人の「毎日」
楽しくて、キララキした毎日の証だった。
世界がすべて僕たちのものになっていく。
でも、まだパパの部屋に入ることはできないし、鍵のかかって入れない部屋がいくつかある。
いつか入り込もうとよく相談した。
そんな、毎日。



◇      ◇      ◇




 僕はそのころ、きちんと洋服をきて半ズボンで走り回っていた。
 するとそいつは和服で、着物姿で追いかけてくる。
 生意気だった。
 僕は全力で走った。
 でもそいつもついてくる。
 息をこらえる。
 この暗い遠野の森の中をいっきに走り抜ける。
 目的地は中央の広場。
そこにそいつよりも早くつかなければならない。
 手を大きくふる。
 脚を大きく前に出す。
でも、そいつにはかなわなかった。
あっという間に僕を追い抜いて、そいつは背を見せて行ってしまう。
 畜生
と思う。
 こん畜生
歯を食いしばる。
 でもあいつは余裕でいってしまうんだ。
 最初についた者が今日の遊びを決定できる権利をもつ。
僕は今日、お本を読みたかった。
でもそいつはどうやら鬼ごっこがしたかったらしい。
負けるもんか!
 もっともっともっと力を入れる。
どんどんいれて、大きく素早く手足をふる。
するとそいつの背中が見えた。

ドッ

なにかおかしい。

ドクっ

まるで頭の中がぐるりと――。

ドクンっ

痛い。何かが入ってくる。頭の中に何かが――。

ドクン!!

秋葉も赤いスカートをなびかせて一生懸命ついてくる。
アキハがくる。
アキハ、かわいいアキハ。その  を。
いけ い。ダメ。
その い が  たい。
アキ は の妹。
助けて。
アキ を るのはシキの 目。
タスケテ。
 すけ 。
    。

…………………………………………………………あぁ!

 世界が鮮やかな朱色に染まり、全身が温かく濡れた。



◇      ◇      ◇




「泣いているのですか、四季様」

そういって、琥珀は近寄ってくる。

息が漏れる。
まるで今まで死んでいたよう――。

「こ……はく……」

ようやく俺は今まで夢を、遠い日の夢を見ていたことに気づく。
目をこする。
言われたとおり泣いていたようだ。
懐かしい思い出。
今の俺じゃなかったころの思い出。

「……琥珀……」

そういって、俺を牢獄から出してくれた娘に手を伸ばす。
ここは校舎。
あいつが通っている学校。
本当ならば、俺がここに通っていて、あいつは墓の下だというのに。
あいつは俺の名も、俺の地位も、そして俺の妹さえも奪った。
シンライしていたのに――。

胸が苦しい。
苦しくて、痛くて、辛い。
こんなにも辛くて、息ができない。
自由になったというのに、自由に息さえできない。
昔にかえりたいと思う。
こうなる前。
夜はこんなところではなく、秋葉の部屋にいってお本を読んであげる。
話相手になって、寝息をているまで起きてついていてあげる。
そんな毎日に戻りたかった。
秋葉、と思うたびに息が詰まってしまう。

「……琥珀……」

そういって、俺は琥珀に抱きついた。
胸に頭を預け、そっと抱きしめた。
琥珀は一瞬驚いたが、俺を抱いてくれた。
暖かかった。
ぬくもりがあった。
秋葉に伝えたかった、ママのぬくもり。

「……ママ……」

そういって俺は琥珀の暖かさに溺れた。
琥珀は何も言わず、俺を抱きしめてくれた。
なぜか、俺の目から涙がこぼれ落ちて仕方がなかった。
こぼれ落ちて――琥珀を濡らすのに、抱きしめ続けてくれた。
 それがとても嬉しかった。

あとがき

 相互リンク記念用SSです。

 リクエストは四季がシアワセな話。

 ……ゴメンなさい。とってもゴメンなさい。
ストーリー的に死んでしまっているシキをシアワセにするのは、とっても難しいんです。
だから、シアワセだったころの思い出を書いてみたら……さらに暗くなってしまいました。
あああああ、本当にゴメンなさい。
 でも子供の頃の四季が書けて幸せです(笑)

ではまた別のSSでお会いしましょうね。

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30th. August. 2002 #60




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