〜白い結晶〜








「やっぱり来ないのかな……」



いつの間にか商店街の照明は消え、雪が積もり始めていた。吐く息が白い。

そんな中で、一人の少女が手袋もせずに立っていた。どれぐらい待ったかわからない。

(もう少し…もう少しだけ待っていよう…)

その間にもしんしんと雪は降り積もってゆく。



「日付…変わっちゃうね…。」



頭に積もった雪を払いのけるように顔を上げると、時計の針は既に人が眠りにつく時間をさしていた。

(やっぱり…忘れちゃったのかな…)

そう、約束したのはちょうど一年前。この場所で。



『ちょうど一年後、またこの場所に…来てくれないかな…?一年間だけ…ボク一生懸命考えたいから…』



それがあの時最後に交わした約束だった。答えを聞かずに、一方的にした約束。

(来てくれないかも知れないのに…それなのに…)



「それでも待ち続けるなんて…やっぱりボクって馬鹿かな?」



振り返ったその先には約束を…自分が一方的な約束を押し付けてしまった相手がいた。

自分と同じように雪を積もらせた肩を上下させて。



「……ああ、そうだな…。…お前は…馬鹿だよ…。」



「…約束…覚えててくれたんだね…」



「…ああ。来なくても良かったかもしれないけどな。」



「でも…でも来てくれるって思ってたから…。」



「馬鹿……。来なかったらどうするつもりだったんだ……」



「それでも…ずっと待ってたと思うよ…。ボクの…本当の気持ちを…あにぃに伝えたいから…。」



「…一応約束は守ったよな?」



「…そうだね…。…でも遅刻だよ…。」



「…………………。」



「約束の時間は…もうちょっと前だったはずだから。」



くるっ と踵を返して夜空を見上げながら…白い息を吐き出す。



「でも…許してあげる。約束は覚えててくれたんだから。」



「…………………。」



「もう…一年も経つんだね…。」



「ああ…早かったよ、この一年は。色々な事がありすぎて…。」



「ボクもだよ…あにぃ。この一年間、あんまり頭は良くないけど…あにぃに言われたこと…ボクなりに一生懸命考えたんだよ…。」



「…………………。」



「でも、やっぱりボクの気持ちは変わらないよ…。」



「…………………。」



「やっぱり…ボクは…あにぃの事、大好きだから。これからも…ずっと一緒にいたいから…。」



一年前。

一年前にも聞いた言葉。

自分のことを大切な人だと、

一番好きな人なんだ、と。

そう言ってくれた少女。

でもあの時俺はそんな素直な少女の言葉さえ……

衛が…小さい時から自分に言っていた言葉でさえ……

受け止める事が出来なかった………。

あの頃の俺は―――――――。



(馬鹿だったな…間違いなく。でも今なら―――――)



「衛……。」



「え?なに、あにぃ…って、うわ……」



トクン……

衛の鼓動が…温もりが伝わってくる…。

懐かしい感覚。

幼い頃に忘れてしまっていた感覚。



「あにぃ…苦しいよ…。」



「…………………。」



もう少しこうしていたかった。

懐かしい感覚をもう少し感じていたかった。



「……衛。」



「…………………。」



衛の身体がこわばるのがわかる。



「俺も…この一年間、ずっと考えてきた。自分の言った事が…本当に正しかったのかどうかを…。」



「…………うん…。」



「それで…俺も…自分なりに答えを出した。」



「…………うん…。」



「やっぱり、俺にとってお前は……――――――――」



大切な人であるハズに違いなかった。

一番好きな人であるハズに違いなかった。

昔から今までずっとそうだったハズだった。

いつからだっただろう……

「妹」だからと言って……あいつの言葉を受け止めなくなったのは。

いつからだっただろう……

「女の子」だからと言って……一緒に遊ばなくなったのは。

あいつから離れるように……あいつを遠ざけるようになったのは……

わかっていたハズなのに……自分にとってあいつが……衛が一番大切な、かけがえのない人だったことぐらいは……―――――。



「大切な、かけがえのない…一番好きな人だ。」



「あにぃ………。」



「ごめんな…お前の気持ちはいつも聞いていて…よく分かっているはずだったのに…。」



素直に自分の気持ちを言葉にしていた衛。

それとは対照的に自分の気持ちを心の奥底に幽閉していた自分。

気付いているはずだったのに。自分の想いぐらいは……。それなのに……



素直に受け止めていれば…素直に自分の気持ちを伝えていればよかっただけだった。

自分にとって衛は一番大切な人だと。

大好きな人なんだと。



「ううん…いいんだよ、あにぃ。あにぃだって…この一年間、ずっと悩んできたんでしょ?」



「……ああ…。」



一年間。

長いようで短かったこの一年間。

ほとんど毎日……

平日も……休日も……祭日も……

ずっと考えていた。

自分の言った言葉の正否を……。

ずっと探していた……

自分の気持ち、自分の答えを。

それを見つけたのは…たった数時間前の事だった…。



「なら、これでおあいこだね♪」



「……え?」



「だって、あにぃも苦しんだんでしょ?だったらおあいこだよ。ボクも苦しまなかったわけじゃないから…。」



「違う!!お前の方が…衛の方が俺なんかよりよっぽど苦しんできたはずだ!!」



「…………………。」



思わず衛を抱きしめていた腕に力が入る。

でも衛は苦しそうな素振りは何ひとつ見せなかった。



「俺は一年間しか苦しんでこなかった!!なのに…なのにお前は―――――――!!」



「それは違うよ、あにぃ……。」



そう言うと衛は身体を離して、うつむいたまま言った。



「ボクはね、あにぃが…一年前と考えが変わっていなくてもいいと思ってたんだよ?信じられないでしょ?」



「……ああ。」



「ボクは…あにぃの本当の気持ちが知りたかったから…そう答えてくれてもそれはそれでよかったんだ……」



「…………………。」



「だから……ね?今日ここにあにぃが来てくれただけでもボク、すっごく嬉しかったんだよ?」



「そう……なのか…。」



「そ。だからあにぃがそんな風に考えることなんて全然無いんだよ♪むしろボクの方があにぃに悪いかな…って感じで。」



そう言うと顔を上げて微笑んだ。

その笑顔は……他の誰かに向けられるものではなく……

その悪戯っぽく微笑むその笑顔は……昔と変わらず……



「だって、あにぃは約束を忘れずに一年間考えていてくれたんだから。それにあにぃ、ボクの事大切に思ってくれるんだもん♪」



自分が一番大切だと想う人に向けられていた。

それが自分である事が俺は嬉しかった。



「…そうか…。」



「そうだよ。そんな事もわからないなんて、あにぃもまだまだボクの事分かってないね♪」



「俺はお前と違っていつも大切な人を見てたわけじゃないからな。……それに…いいんだよ、それで。」



「…え?……なんで?」

「なんで……って、それは今から衛と一緒にいて知っていくことだろ?今のうちから知ってたら面白くないじゃないか。」



「あはは、そ、そうかもね(////)」



「ひょっとして照れてるのか?」



「ちょっとだけだよ?ほんっとうのほんとにちょっとだけだからね?」



「本当か?なんか焦ってるように見えるが……」



「本当にちょっとだけだよ……。」



「そうか?ならちょっとだけ後ろ向いてくれないか?」



「え?なんで後ろ向くの?」



「いいから、いいから。さ、はやく。」



「う…うん……。」



……ふわっ



「あ…あにぃ!?」



「大丈夫。顔は見えないから。」



「そういう問題じゃ………」



「嫌なのか?そうならやめるけど……」



「嫌じゃないよ…けど……」



「けど?」



「……恥ずかしい…。」



「それは俺も同じだ。」



「そうなんだ…。てっきりあにぃは平気なのかと思った。」



苦笑いするしかなかった。



「そんなわけないだろ。好きな人と一緒にいて、その人をこんな風に抱きしめていて…平気なわけ無いだろ。」



実際いつまで理性が保てるかわからなかった。



「あにぃ、すっごく恥ずかしいこと言ってるよ…」



「いいんだよ。お前が俺の好きな人だから、こんなことも言えるんだよ。」



「あはは…ちょと照れくさいけどね。でも…ボクもあにぃの事、大好きだからね♪」



雪が降り続いている。

やむことを知らないように……

ずっと絶えることなく…深く…静かに降り続いている。

暗闇の中で…街灯の灯りに照らされて…

それは幻想的でもあり……

神秘的にも思えた……。



「……寒くないか?衛。」



「ん…大丈夫だよ。すっごくあったかいよ。あにぃがさっきからずっと抱きしめてくれてるからね♪」



「……恥ずかしいから言うな。」



「あはは。でも…本当にあったかいね…あにぃ…」



「そうだな……。」



静寂の時。

既に人通りはなくなり…

動物さえもいない空間。

いるのはたった二人だけ…。

雪が降り積もる音だけが…

ただ静かに…

不規則に…

静寂さを…より引き出していた…。



「…………………。」



「…………………。」



「ね、あにぃ、ちょっとお願い聞いてくれるかな?」



「ん?ああ、別に構わないけど…。」



「ちょっとだけ…力抜いてくれないかな…さっきからちょっと苦しくって。」



「あ、ああ、分かった…。」



力が抜かれた腕の中で…

身じろぎをしている…。

でもそれは…

大切なことだった…

今の自分たちにとって…

大切なことだった…



「ん…よっと…。」



「ま、衛!?」



「えへへ。これであにぃの顔がみれるよ♪」



「…お前の顔も見えるんだぞ。」



「いいよ、あにぃになら見られたって…。」



「真っ赤になってるぞ。」



「う〜…真っ赤って言うのはないと思うよ…。」



「………ったく、しょうがないな、お前は…。」



(昔から…子どもの頃からそうだったな、お前は……)



「俺も…お前だからいいんだからな。」



「うん!ありがとう、あにぃ。」



(でも俺も…それほど変わってないってことだな…)



「でもなんで俺の顔なんか?」



「ん〜…だってこうしないと大好きなあにぃの顔みれないし……」



「……なっ……(//////)」



「それに、あにぃだけ抱きしめてるなんてズルイよ…ボクだって…あにぃの温もり、感じたいんだから…」



自分の胸によりかかってくる、温もり。

自分の背中に、おそるおそる手がまわされる。



「あにぃの心臓、すごい速いよ…。ドキドキいってる。」



「好きな人が自分の腕の中にいるんだから当たり前だ。」



「そうだよね…。ボクの心臓も…ドキドキしてるよ…。」



「ああ、分かってる。すごく伝わってくるから……」



「ボク、こんなにドキドキしてるの初めてだよ。」



「俺もだよ、衛……。」



伝わってくる鼓動が…

伝わってくる温もりが…

他に感じられることすべてが

心地よく思えて…

そしてそのすべてが愛しくて……



「あ……。」



「どうした?」



「もうすぐ日付が変わるよ。」



「そうか…俺は時計見えないからな…」



「うん。もうすぐ25日……クリスマスだよ。」



「今年のクリスマス、一緒にいられるよな?」



「もちろんだよ、あにぃ。」



「一日中一緒にいられるよな?」



「うん!一緒にいれるよっ♪」



「本当だよな?」



「………あにぃ、そんなにボクの事信用出来ない?」



「いや、そういうわけじゃないんだけどな…」



(普通年頃の女の子はクリスマスの予定は既に埋まってると思うんだけどな)



「あにぃ、ちょっと目瞑ってて。」



「…え?なんで?」



「いいからいいから。」



「あ、ああ…分かった…。」



ちゅっ……

目を閉じた直後に感じる、やわらかい感触。



「……衛…」



「えへへ、これが僕の気持ちの証だよ♪これでわかったでしょ。ボクはあにぃと一緒にクリスマスを過ごしたいって事。」



「…ああ、分かったよ。俺と一緒にクリスマス過ごそうと思って友達からのパーティーとかの誘い、全部断ったんだろ?」



「え…、な、何で知ってるの!?」



「なんとなく…な。まだまだお前の事はわからないけど…少しぐらいなら理解してるつもりだぞ。」



(いちおう昔にも似たような事があったからな。)



ギュッ……

「わ、あにぃ?」



気がつけば抱きしめていた。

愛しい人を。

愛しい人もまた、背中に回していた手に力を入れて抱きしめてくれた……



「衛……目閉じて少し上向いてくれないか?」



「……うん…。」



少し震えていた。

寒さのせいもあるのだろうけども…

これから体験することに対しての不安なのかもしれない…



「本当にいいんだな?」



「いいよ。だってあにぃがそうしたいんでしょ?ボク、あにぃの事信じてるから…誰よりもあにぃの事、大好きだから…。」



「俺もだよ、衛…。俺も衛の事が誰よりも好きだから…。」



「あにぃ……ん………」



おそるおそる触れ合う唇。

一度離してまた触れ合う。

今度は長いキス。永遠とも感じられる永いキス。

お互いの舌と舌を絡めあう。

触れ合うだけでない、恋人同士のキス。

それは衛にとって…

また、自分にとっても初めての体験だった…。



「あにぃ…嬉しいよ…。」



「俺も、衛とキスできて嬉しいよ。」



「あ………。」



「どうした?」



「メリークリスマス…だよ、あにぃ…。」



「本当だ…。もう日付が変わってるんだね…。」



「そうだよ、ハッピーメリークリスマス、あにぃ♪」



「ハッピーメリークリスマス、衛…。」



いつの間にか日付は変わり…

でも雪は降り続いていて…

一年前と同じ…

白い結晶に覆われた日になる…

恋人たちが憧れる…

ホワイト・クリスマスに……―――――



「最高のクリスマスプレゼントだよ……この雪も、今こうしてあにぃといられることも…」



「俺にとっても、だな。サンタに感謝しなきゃかもな…」



「うん、そうだね……。」



「これからもずっと一緒にいような、衛…。」



「もちろんだよ…あにぃ♪」





〜エピローグ〜



あの時、

あのクリスマスの日にサンタから受け取ったプレゼントは…

実はもう一つあった。



クリスマスの夜――――――



「実はお前と衛は(以下略)というわけだから。」



「…………はい?」



「え…、それ本当なの?」



「ああ、紛れも無い事実だ。」



「たしかにそうだったような気もするけど…よく覚えてないな…。」



「お前はまだ、5歳にもなってなかったからな。仕方ないさ。」



「じゃあ、ボクとあにぃ、結婚できるんだよね?」



「ああ、全然構わないぞ。」



あたかも『当たり前』とでも言うように父親は快く了承した。

父親のそんな姿が…とても嬉しく思えた。



「いちおう、母さんにも話しておきな。私だけの意見では決めかねるから。」



「うん、そうするね。行こ、あにぃ♪」



「ああ、行こう。」



そして母親に話すと返事は……



「了承。」



即答だった。

2秒とかからなかった。



「ね、あにぃ。」



「なんだ、衛?」



「ボクね、サンタさんはいるってずっと信じてたんだ。でもね………」



「でも?」



「本当はサンタさんってそれを手に入れようと努力した自分なのかも…って思ったんだ。」



「それはまた奇遇だな。」



「え?」



「俺もちょうど同じ事を考えていたところだ。努力した自分にご褒美を与える、そんな自分がサンタなんだろうな…きっと…。」



「そうだね…きっとそうだよね。」



「ああ……。」



それはただの空想にすぎなくて…

都合のいい話でしかなくて…

だけど真実味を帯びていた…。



「これからは世間公認でずっと一緒にいられるね、あにぃ♪」



「そうだな。これからもずっとよろしくな、衛。」



「うん!!」





それは雪が運んできたのかも知れない…

白く……冷たく……

そして時に虹色に変わり…儚く消えていく純白の結晶が…

空から……大気中を通り……

運んできたのかもしれない……

あるいは……白い結晶に姿を変えた……

それそのものだったのかもしれない…

すべてを知るものは……誰一人としていない……

知っているとするならばただ一人……



カミサマだけ…………。





あとがき。

正直言って期日に間に合ってよかったです(爆

とりあえず「これは衛じゃない」「某ゲームのパクリだ」とかいう突っ込みはしないで下さい(汗

作者自身、突っ込みたくなってますので(笑)

それと蝙蝠は今回参加してません。奴はなんか千影さん出てないと手伝ってくれないみたいなので。

え〜と…今回はクリスマス用に……と思って書きましたけど…クリスマスあんまり関係ないデスね。むしろ全然。

しかも文全体が読みにくいため、理解するのは相当難しいと思われますが…頑張ってください(ぉぃ

あと、ラストが意味不明な終わり方してますが…気にしないで下さい。以下略の所も気にしないで下さい。

そのうちカミサマ使ったのも書くと思います。

その前に花穂と四葉を終わらせなきゃデスけど(汗

それでは今回読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。





Back SSpage