月の光に染まる街

幕間ノ参〜琥珀色ノ歌〜





それは八年も昔のこと。

それは八年だけ昔のこと。





わたしは毎日、槙久様に犯されている。

槙久様の自我を保つため、わたしはここに連れて来られたから。

本当はわたしだけがこうなるわけではなかった。

わたしの持つ感応の力。それは妹の翡翠ちゃんも持っている。そして翡翠ちゃんもそのためにここにいる。

それでもわたしだけがここにいる。それはわたしが望んだこと。

『琥珀、あなたはお姉さんなの。翡翠を守ってあげてね』

最後に見たお母さんは、そう言って笑っていた。

だからわたしは翡翠ちゃんを守らなきゃ。

翡翠ちゃんが悲しまない限り、きっとお母さんも笑っていられる。

それならきっと、わたしも笑える。

きっときっと、それはシアワセ――

「琥珀、どこにいる……」

槙久様の声がする。また、この時間が来たのだ。

こんな時間、速く過ぎてしまえばいい。

覚えていられないほど速く過ぎてしまえばいいのに。





トクン、ドクン、ドクン、ドクン

ドクン、ドクン、ドクン、トクン

ドクン、トクン、ドクン、ドクン





今日は、みんな慌てていた。

なにかを怖がるように不安そうに話している。

誰かが近づくと話すのをやめ、こわごわと黙り込む。

一体なにが起きたのだろう。

子供のわたしには、だれも教えてくれなかった。

わたしが近づくだけでみんな黙ってしまう。

そんな時に、帰って来た翡翠ちゃんは、わたしに抱きついてわんわんと泣き始めた。

聞いても泣いてるばかりでなにも答えてくれない。

翡翠ちゃんが泣いてしまうのはトテモ悲しいことで。

わたしも泣きそうになってしまった。

でもそれではダメ。

翡翠ちゃんを慰めて、悲しまないようにしないと。

だからわたしは頑張って翡翠ちゃんを慰める。

ある程度落ち着いた翡翠ちゃんは――それでもまだ泣きそうで――そのことをわたしに教えてくれた。

あの子が大怪我をした事。それを四季さまがやった事。

わたしは驚いて何も言えなくなってしまった。

だって四季さまと志貴って子はとても仲が良かったから。四季さまがそんなことをするはず無かったから。

でも、わたしは知ってしまっていた。それもありえるのだと。

翡翠ちゃんにそれはきっと間違いだと言いながら、それを否定し続けるわたし。

ああ、四季さまも槙久様と同じになってしまったんだ。

四季さまの笑顔を思い返して、わたしはとても悲しくなった。

あの笑顔が歪んでしまうのだと思うと、とても淋しくなった。

それでも笑っていないといけないから。だってわたしが泣いたら翡翠ちゃんも悲しむから。

だからわたしは笑っていた。

翡翠ちゃんの前だけでも、わたしは笑っていた。





トクン、ドクン、トクン、ドクン

ドクン、ドクン、トクン、トクン

トクン、トクン、ドクン、ドクン





あの日から翡翠ちゃんは笑わなくなってしまった。

いつも悲しそうに眼を伏せている。

だからわたしが笑っていないと。

いつか翡翠ちゃんが笑える日まで、昔の翡翠ちゃんのように笑っていないと。

でもわたしは中々笑うことが出来なくなってきた。

槙久様のご様子がどんどんおかしくなってしまってきたから。

きっとこのままでは、わたしは笑えなくなる。

それでは翡翠ちゃんも悲しむだろう。

それだけは避けないと。

ずっとずっと考えて、わたしは一つだけ答えを見つけた。

わたしが笑えなくなるのは辛いから。今の世界が苦しいから。

だったら辛いなんて感じなければいい。苦しいなんて思わなければいい。

人形のようになにも感じなければ、きっと笑っていられる。

だって人形の笑顔はずっとずっと永遠だもの。

だからわたしは人形になろう。

そうすればきっと、翡翠ちゃんは悲しまないですむ。





トクン、トクン、トク、トク、

トク、トク、トク、トク――

…………

……ギィ……ギィ……





今日は意外なことを知った。

四季さまが生きているということ。

あの事は事故として処理され、四季さまはその場で殺されてしまったと聞いていたのに。

その当人とわたしは地下の牢で会っていた。

四季さまはいつか見たみたいに悲しげに笑ってそのことに答えてくれた。

「親父が密かに手抜いたんだとよ。お陰で――生き長らえちまった」

檻の格子の向こう側で積み上げられた本の間から漏れる声に、酷くわたしは悲しくなった。

でもそれは嘘だ。だってわたしは人形だから、なにも感じない。何も思わない。

だからきっと、悲しいフリをしているんだ。

四季さまはいろいろなことをわたしに聞いてきた。

わたしは槙久様に四季さまのお世話をするよう言い付けられていたから、他の仕事が無い時と翡翠ちゃんと話すとき以外ほとんど牢で四季さまと話していた。

そしてその度に四季さまが望まれる本を何冊も持って行った。すぐに四季さまの牢は本でいっぱいになってしまった。

四季さまと話した事は、秋葉さまのこと、翡翠ちゃんのこと、槙久様のこと、あの子のこと、それにわたしのこと。

四季さまはわたしのことも心配してくれていた。そんなこと、必要ないと思うのに。

それでも四季さまと話をするのはわたしの日課だった。

きっと残った心のカケラが、楽しいと感じているから。





ガチ……ガチ……

ガチ……ガチ……

ガチリ




今日、あの子が遠野の屋敷を出て行くらしい。

わたしはいつも、窓からみんなを眺めているだけだった。

だからだろう――最後に少しだけ話したくなったのは。

ほんのすこし、数分だけ。その子を話をすることが出来た。

そのときリボンを渡したのは、何故だろう。

自分でもわからないけど――ああ、上手く説明できない。

これはきっと忘れてしまったことなのだろう。だからわたしは何も言えないんだ。

それなら仕方ない。

それでも今日の事は覚えておこう。

きっと今日からもっと人形になれる。

わたしの心の最後のカケラはリボンと一緒にどこかに行ってしまったもの。





ガチガチカチガチ

カチカチガチガチ

ガチャ

カシン、カシン、カシン、カシン――





四季さまが苦しまれることが多くなってきた。

そのときの四季さまはトテモ怖い。

落ち着いた後も、わたしを見る眼が本当に冷たい。

それはまるで違う人のようだ。

そう思って四季さまに聞くと、そうだと四季さまは言った。

「でも心配すんな。やりたいことがあるから、それまでは死んでも死なねェよ」

そのやりたい事はあの子に会う事らしいが、会えば槙久様にあの子と周りの人間を殺すと言われ、今は会えないそうだ。

そのために四季さまはそれに負けないと言っていた。

四季さまの間のシキさまは、わたしなんかにも本当にお優しい方だ。

でもそれは、なにか――わたしにとってよくない事のようだった。

四季さまはわたしに何かを思い出させる。

それは思い出したくないことなのに。だから忘れてしまったのに。

いったいそれはなんなのだろう。きっと考えない方がいいんだ。

だからわたしは考えない。

今日も終わる。





カシン、カシン、カシン、カシン、

ガチャ、ガシッ

ギィギィギィ

ガシャ、カシン、カシン、カシン――





槙久様がわたしを四季さまに抱かせろと命令された。

わたしの感応の力を四季さまにも回して四季さまをすこしでも楽にしてやるようにとの事だった。

頷いて四季さまの牢に向かい、わたしは着物を脱いだのだけど、四季さまはすぐにそれをわたしに被せてしまった。

そして真剣そうにわたしを叱った。

「お前はもっと自分を大切にしろ。オレなんかに差し出していい身体じゃねェだろが」

でもそれでは、槙久様の言い付けを破ってしまう。

その事を言うと、四季さまはもっと怒られた。でもそれはわたしにではなかった。

四季さまは槙久様にお怒りになっていたようだ。

わたしを強引に牢から追い出し、槙久様を呼ぶように伝えて本の中に潜ってしまわれた。

こんなに怒った四季さまをわたしは見たことが無い。

ぱたぱたと急いで槙久様にお知らせする。槙久様は怪訝そうに牢に向かわれた。

わたしはその後についていく。暗い階段を下りた先に四季さまが不機嫌そうに座られていた。

「琥珀、すこし出てろ」

「しかし――」

「出てってくれ。親父とサシで話がしたいんだ」

四季さまらしくない冷たい声。わたしはまたロアとかいうのが出てきたのかと思ったけどそれは違うようだった。

そのときの四季さまは、本当に普段の四季さまらしくなかった。

それが気になって、わたしは見つからないように階段の下で隠れて話を聞くことにした。

「親父……アンタなに考えてんだ。琥珀をオレに抱かせる?冗談でも笑えねェよ」

「落ち着け四季。お前のためなんだぞ、琥珀を使うのは」

四季さまの不機嫌さはどんどん増してきていた。声に明らかに侮蔑が混じる。

「使う?はっ、アンタやっぱりそういう眼で琥珀を見てたのか。

 おかしいとは思ったんだよ、ハナっからな。アンタが慈善事業なんかに目覚めるわきゃねェんだ。

 志貴を引き取ったのも琥珀達を引き取ったのも、やっぱり裏があったって訳か。

 ――吐き気がする」

わたしはこれ以上四季さまの声が聞きたくなくて、そろそろと音を立てないように階段を上った。

四季さまと槙久様の口論はずっと続いていた。

そしてそれは、槙久様にとってかなり不満な物だったのだろう。

今夜はいつもより酷かった。





カシン、カシン、ガチン、カシン

カシン、ガチン、カシン、カシン

ガチン、カシン、ガチン、カシン





そんな四季さまだったけど、ロアが出てくる時間が年を追うごとに増えてきているのは明らかだった。

四季さまは辛いとか、そういうことを口にされない。

けれど夜お休みの時、ひどく苦しそうにうなされているのを何度も目にしている。

槙久様はそんな四季さまを危惧されて、ついにわたしにそれを命じた。

わたしは命じられたとおり、四季さまの御夕食にそれを混ぜる。四季さまは少し衰弱されているから量は多少減らしておいた。

それでも効果はしっかりと出ていた。食後、話している間に四季さまの顔に赤みがさし、熱に浮かされたように呼吸が荒くなってきていた。

媚薬はしっかりと効果を出していた。四季さまは精神的にもお強い方だけど、今の状態でもその強さを求めるのは酷と言うものだ。

頃合を見計らって牢に入り込み、着物を下ろす。四季さまは目をそらされてこちらを見ない。

でもきっと、今日は無理。

そしてその予想は一時間後に現実の物となった。

それは、槙久様とは随分違っていたと思う。痛くなかったから。





ガチン、ガチン、カシン、ガチン

ガチン、カシン、ガチン、カシン

カシン、ガチン、カシン、ガチン





次の日、四季さまはわたしに会った途端謝られ、あとは隠れるように本の中に潜ってしまわれた。

わたしがいくらお呼びしても、出てこられない。

仕方なく扉を開けようとすると赤い何かが扉に巻きついていて、わたしの力ではとても開けられなかった。

持ってきたお食事も四季さまはとられない。わたしからの共感があるとは言え、このままでは意味が無い。

「四季さま、どうしてお食事をとられないのですか?ご気分が悪いのでしたらお薬をお持ちします」

「そういうわけじゃねェんだ……琥珀、オマエなにも感じないのか?オレはオマエに……」



カシン、ガチン、カシン、カシン



四季さまの声が途切れる。

その理由はわからないけど、わたしが何も感じないのは当たり前だ。

だって、

「琥珀は人形ですから」



カシン、カシン、カシン、ガチン



だから何も感じない。

そんな当たり前のことなのに、四季さまは酷く驚かれている様子だった。

しばらく顔を伏せ、前以上に力のない声でわたしに謝った。その声は震えて、泣いておられるようだった。

「すまねェ琥珀……気付いてやるべきだった。

 バカだな、オレは。ずっと傍に居てくれたオマエだったのに」

「なぜ謝られるのですか、四季さま」



ガチン、ガチン、カシン、ガチン



四季さまの言うことをこれ以上聞いていてはいけないと、誰かがわたしに語りかける。

それなのに、わたしの足はそこから動こうとはしていない。

しばらくの沈黙の後、四季さまは顔を上げられた。

その眼は優しくて、悲しくて――何より怖かった。

「琥珀、おまえは人形じゃない」



ガチン、ガチン、ガチカチガチガチ、ガシャン



その一言は、わたしをコワスのには十分だった。

当たり前だ。わたしは人形。それなのに四季さまはそうじゃないという。

だったら――わたしはなに?

わたしはなんなの――!?

「そんな事は……ありません!琥珀は人形なんです!」

コワレそうなわたしに――いや、もうコワレタわたしに四季さまはさらに言葉を浴びせ掛ける。

「オマエは人間だよ。だから悲しんでもいい。喜んでもいい。オマエは――道具じゃないんだ」



ガシャン

ガタリ

…………



それで、コワレタ――

「ああああああああああああああああっ!」

「琥珀っ!」

四季さまの声に、身体が震える。

何も出来ないで、ぺたんとそこにすわりこんだ。

「おいで琥珀……オマエが人形じゃないってこと、教えてやる。

 オマエはこんなにも暖かいんだって伝えてやる」



…………

……トク、トク、トク、ドク

トクン、ドクン、トクン、トクン



四季さまの言葉は魔法のよう。わたしはその言葉に逆らえない。

ふらふらと四季さまのお部屋に入り、四季さまに導かれるままに抱きしめられる。

四季さまの身体は暖かくて。

それはとても懐かしい気がして。

知らずにわたしは泣いていた。

ああ、知らなかった。いや、忘れていた。

わたしのものでも、涙はこんなに暖かいんだって。

その夜から、わたしは人形ではなくなった。

人形と人間の狭間を揺れるモノ。それがわたし。

人間にはまだ戻れないけれど、わたしは何かを取り戻していた。

それがどれだけ辛いことかも忘れて。





トクン、トクン、ドクン、ドクン

ドクン、トクン、ドクン、ドクン

トクン、ドクン、ドクン、ドクン





槙久様のなさる事に耐えられない。

それもわたしが人形じゃなくなってしまったから。

人形だった時は何も感じなかったから、辛いとも思わなかったのに。苦しいなんて思わなかったのに。

それを四季さまは戻してしまった。

もう戻れない。だって人形でいることが辛いことなのだと知ってしまったから。四季さまに教えられてしまったから。

槙久様との事を覆い隠すようにわたしは四季さまの元に通う。

四季さまはわたしの気持ちを察してくれて、何も言わずにわたしを抱いてくれる。辛いことを忘れさせてくれる。

それに共感の能力があるために、四季さまも最近はずっと落ち着かれている。

そんな四季さまとお話する時間と、翡翠ちゃんとの休憩時間だけが最近のわたしの最も安心できる時間。

人間として生きる苦痛の代わりに手に入れた時間。

しばらくは、このままで……





トクン、ドクン、ドクン、トクン

ドクン、トクン、ドクン、ドクン

ドクン、ドクン、ドクン、トクン





……わたしは、もう戻れない。

槙久様はもう止められない。

そんな槙久様が決めた事はとてもわたしは従えない。

翡翠ちゃんは汚させない。

四季さまにその事を話して止めてもらったけれど、きっと槙久様は押さえられない。

つまり翡翠ちゃんはいつか汚されてしまう。

それだけは避けないと。

なにをしても避けないと。

だって翡翠ちゃんが悲しむもの。





ドクン、トクン、ドクン、トクン

トクン、ドクン、トクン、トクン

トクン、トク、トク、トク





わたしはついに槙久様に毒を飲ませることにした。

でも即効性のあるものでは気付かれてしまう。

だから一年かけて、ゆっくりと衰弱するようにして。

でもそれだけではだめ。

……そんなことになるとは思いたくないけれど……

四季さまと秋葉さまが反転されないとは限らない。

そうなった時、わたしが翡翠ちゃんを守れるだろうか。きっと守れない。

でも四季さま達を止める方法なんて一つしか思いつかない。

それは――酷く恐ろしいこと。

だけどそれでもわたしはそうしなくては。

だって翡翠ちゃんを守るためにはこうするしかないから。

それはとても辛いこと、悲しいこと、苦しいことだけど。

きっと大丈夫。今日から琥珀はまた人形に戻ればいい。

そうすればきっと、大丈夫。

だから……





トク、トク、トク、トク

トク、トク――ギィギィ

ガシャン、ガチガチガチ





槙久様のお食事に少しずつ毒を混ぜていく。

槙久様はそんなこと、まったく気付いていない。わたしを完全に信頼しきっているようだ。

その方がやりやすくてありがたい。

四季さまと秋葉さま。この方々も毒殺するのは流石に気付かれる恐れがある。

だから二人互いに食い合ってもらおう。

秋葉さまはあの子を殺しかけた四季さまを憎んでいる。あの時ショックで記憶が混線して結果的に残ったのは四季さまがあの子を腕で貫いた時だけらしい。

それを利用して、わたしは秋葉さまに話を持ちかけた。

「秋葉さま、四季さまは生きていらっしゃいます。

 わたしも七夜君を殺しかけた四季さまが許せません。ですから微力ながら助力いたします」

「……どういう事かしら」

「わたしには共感という力があります。体液を交換した相手に力を分け与えれるんです。

 四季さまはお強い方でしたから反転してもさぞ厄介な方でしょう。ですから秋葉さまも力を蓄えないと」

そう言って数日説得を続け、秋葉さまに共感することに成功した。

そしてそれを利用して秋葉さまにさらに四季さまを憎むように暗示をかける。

これでもう大丈夫。

秋葉さまと四季さまが出会ったとき、共感を解けばいい。

そうすれば四季さまは反転し、ロアとなり秋葉さまが殺してくれる。

あとは秋葉さまだけど、無傷とは行かないだろう。その怪我が元で死んでしまったことにすればいい。

時間はかかるかもしれないけれど、これが一番安全だと思う。

これならきっと、翡翠ちゃんは汚れない。

翡翠ちゃんはキレイなまま。

それなら琥珀はシアワセだもの。

例え人形でもシアワセだもの。





ガチガチガチ、ガチャン

ガシン、カシン、ガシン、カシン

カシン、ガシン、ガシン、カシン







あまり四季さまのお部屋に、必要以上に足を運ばなくなった。

四季さまに会えばきっとわたしはまた人間になってしまう。

そうすればきっと、もうこの計画は進められない。

人形でなければこんな事は出来ないから。

四季さまの声を振り切って、わたしは暗い階段を上る。

今日も槙久様が呼んでいる。

人形のわたしは何も感じない。

だからきっと、うまくやれる。





カシン、カシン、ガシン、カシン

ガシン、カシン、カシン、カシン

カシン、カシン、カシン、カシン





槙久様がついに亡くなられた。

わたしの盛った毒は結局見つかることも、探すことすらされず槙久様のお身体と共に灰になった。

その後、御当主になられた秋葉さまはあの子を呼び戻すことを決められ、すぐにご逗留されてされている分家の皆様を追い出された。

わたしは最後のかけらがわたしに差し出されたことを知った。

そうだ、生き残った方はあの子に殺してもらえばいい。

あの子だって自分の一族を皆殺しにされたんだ。きっと憎いはず。

だから秋葉さまでも四季さまでも、反転さえしてしまえば殺してくれるはず。

最後の一振りはあの子のものだ。

そう決めて、わたしは計画の最後の部分を組み立て始めた。

これできっと、翡翠ちゃんを守ることが出来る。

そうすればやっと人間にもどれる。

きっともう辛いことなんて無いところにいける。

だからそれまで待っていてください。

なにもかもが終わったら、わたしもお供しますから。

……きっと行き着く先は違うだろうけど。

さあ、八年をかけた舞台の幕を上げよう。

人形のわたしの、最後の仕事の始まりだ。

夜色の幕を上げよう――





カシン、カシン、カシン、カシン

カシン、カシン、カシン、カシン

カシン、カシン、カシン――





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