月の光に染まる街

開幕〜夢あるいは強制回想〜






目が覚めたら、一人だった。

あったのは、しびれるような寒さ。

体にしみこんで来る、そんな寒さ。

誰もいない、僕の家。

さびしくて。こころぼそくて。

みんなを探して、家を歩き回った。

……誰もいない。

もっとさびしくなって。もっとこころぼそくなって。

ふらふらと外へでる。きっと、みんなは外にいる。

ああ、まちがいじゃなかった。だって声がする。楽しそうにさわいでいる。

森の方から聞こえてくる。だから僕は森に入っていった。

そこは暗くて。さっきより寒くて。

でもみんなの声がするから、さびしくも、こころぼそくもなかった。

ふかい、ふかい森。

先にすすむ。

冷たい空気がはだにふれる。

それでも、先にすすむ。

すると、広い場所に出た。

木がそこをかこんで、そこはまるでステージのよう。

空からふってくる白い光にうかんだ、ステージ。

そこにみんながいた。

楽しそうにおどりながら、手がなくなったり、足がなくなったり。もっとバラバラの人もいる。

みんな楽しそうにおどっている。その中に、僕の「おかあさん」がいた。

それが、とつぜん僕の方を向いて、おどろいたような顔になって。

――びしゃ。

地面を見ると「おかあさん」が半分になってころがっている。

僕の顔はぬれていて。それはあったかくて。トマトのように真っ赤だった。

その赤いろが僕の目にしみこんでくる。見えるものが、みんな真っ赤になっていく。

――ぐしゃ。

むこうでまた誰かがバラバラになる。

バラバラにした人が、僕のほうを向く。

その人も、真っ赤だった。

…………

僕は、結局。

なにが言いたいのか。

なにがしたいのか。

なにもかも、よく分からないけど。

僕はどうしてか、泣いてしまいそうだった。

でも「おかあさん」に泣いちゃいけないと言われてるから、僕は泣かないように空を見上げた。

そこには月があった。白い満月がいた。

……ああ、どうして気がつかなかったんだろう。

白い光。冷たい光。

まわりの空気よりも。

足元の地面よりも。

僕の顔についている赤い水よりも。

ツメタイヒカリ。

……今夜はこんなにも。

たった一人で。夜の黒いカーテンの中、その白い姿を見せ続けている。

そんな月がうかんでいた。

……つきがキレイだ……





血まみれの自分。

手も、

足も、

胸も、

首筋も、

頭も、

全てが全て血まみれ。

自分の血も少なくはない。

でも大部分は他者の血。

知った者の血もある。知らない者の血もある。

でも同じ血に違いない。それらは呪う様にわたしの身体に纏わりつく。

その色で、匂いで、存在で、わたしを蝕む。壊していく。

黒い空に煌々と輝く月。

白い光がわたしの周りの肉塊を晒す。

わたしの紅い身体を、嫌と言うほど認識させる。

これは誓うしかないだろう。

嘆息して――あれだけのことをやって、最初の反応がこれというのは、我ながら異常だ――月を再び見上げる。

なにがあっても、あいつを殺してやる。

必ず、いつか必ず殺してやる。

それしか自分は贖罪の仕方を思いつけないのだから。





まったく、あれが悪夢だったらどれだけよかっただろう。

きっと神にいくら感謝しても足りないか、それとも一時でさえあんな悪夢を見せた神を恨むか。

どちらでもそれは悪夢だった時の話だ。

現実ならどうすればいい?

――あのときあの吸血鬼が止めを刺してくれなかったら自分はどこまで行ってしまっただろう。

……なんにしろ、過去の事なのだが。

――あのときそのまま死んでしまえば、どんなによかっただろう。

……なんにしろ、今願っても仕方のないことなのだが。

――あのときああならなかったら、本当にどれだけよかっただろう。

……なんにしろ、そうはならなかったのだから。

だから行動しなければならない。

バケモノとしての自分。

それならやる事は一つだ。

殺さなければならないのなら、殺してみせる。

永遠を押し付けられたのなら、返すまで。

拒否なんてさせてやらない。

自分は死を取り戻す。邪魔はさせない。

空に孤高に佇む月を見上げて呟く。

それは殺意。それは決意。

「待っていなさい。貴様を裁くのはわたしなんですから」





歯車が狂ってしまった。

そう思うしかないのだろうか?

上手くいっていた――昔はそれが当たり前だったのに、いまはそうとしか思えない――毎日。

それは突然壊れてしまった。

なにもかもがあの人のせいだ。

あの人のせいで全ては壊れてしまったのだ。

兄さんの胸に突き立てられた右腕。

血にまみれた右腕。

私は一生あの人を許さない。

大切な兄を奪ったあの人を。

たとえそれが、許されない事でも。

いや、許されない事はない。

あの人は私のたった一人の兄さんを手にかけたのだから。





夏の日だ。

忘れもしない、あの夏の暑い日。

僕が死んだ日。

蝉の声。

煩い位のそれに、重なる声。

重なる泣き声。聞いている僕のほうが悲しくなるような泣き声。

慟哭と今の僕なら表現するかもしれない。だがあの時はそんな言葉なんか知らなかった。

だから、ただとても悲しそうな声だとしか感じなかった。

一つは秋葉。僕の身体に縋りつく様にして泣いている。

そしてシキ。秋葉と同じ様に僕の隣で泣いている。

血に濡れた片腕。

僕の血にまみれたその右手。

僕はそれを虚ろな目で眺めていた。

さっきまで僕の胸に突き刺さっていたそれを。





月の光に染まる街。

そこで織り成される物語。

血の赤と、

月の白と、

夜の黒と。

纏わりつく色彩。

出来上がる一枚絵には、何が描かれるのか。





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