月の光に染まる街
幕間ノ壱〜紅ノ葬儀〜
目の前が暗い……
どうしたんだろう……
わたしは……なにをしてたんだっけ……?
ぼんやりと――なんでだろう――した頭で、ゆっくりと考えていく。
ああ……そうだ……遠野君を探しに来たんだっけ……
そう……遠野君が夜に街でいるのを見たなんて聞いたから……街に来て……
あれ……?それからどうしたんだろ……?
わからない……
なにをしていたんだろう……
わからない……
「……ああ、くそ……!」
不意に男の人の声が聞こえた。
その人の声は全然違うんだけど――なんていうか雰囲気が――とても彼に似ていた。
だからだろう、この暗闇の中でもわたしは落ち着いていた。
でもどうして……
「ちくしょう……ちくしょう……!」
その声は、とても悲しそうに響いている。
「オレが……ついにオレのままやっちまったってワケかよ、くそっ!こんなマネをオレが――!」
時折混じる嗚咽。
後悔と、懺悔と、苦痛と、絶叫と。全てを混濁させたような慟哭。
それは、とても悲しかった。
と、その声に別の苦痛の色が混ざる。
「がああああああああああっ!くそ出て来るな!来るんじゃねぇ!」
恐怖と痛みと嫌悪。今度のはそんな声。
「テメェなんかに――テメェなんかにやれる人生じゃねぇんだ……!
これ以上好き勝手されてたまるかぁぁぁ!」
ざくっ!
ぜい、ぜい……
なにか――とても嫌な音の後、荒い息が空気をうつ。
わたしの視界はまだ晴れない。ずっと暗闇に沈んだまま。
それでもその声ははっきりと聞こえてくる。
「……そこの、オマエさ……」
わたしだろうか。
声をあげようとしたけれど、声が出ない。
不安になった。わたしはいったい今どんなふうなんだろう……
彼は構わずに続けてくる。どうやら半分は独り言みたいだった。
「オマエもツイてないよな……オレなんかに――」
続きは聞こえなかった。彼が言わなかったのか、わたしが聞き逃したか。
でも、聞かないほうがいい気がした。
「いきなり人生を奪われたって事じゃ、オレもオマエも同類だな……
ああ、恨むんなら恨んでくれ。オレはそれだけの事をしたんだ……」
何のことだかわからない。
頭に霧がかかったみたいで、言葉がすり抜けていく。
でも、
なんだかすごく、
聞いてはいけないことを聞いた気がした。
「だが……頼むからアイツにもう一度会うまで待ってくれ。
その後ならどんな事でも引き受けてやるさ……地獄に落ちろ、でもな。
だからあと少し――少しだけ待ってくれ……」
そう聞こえた後、わたしの身体が抱きかかえられる。
当然わたしはあわてた。でも身体はまったく動かない。
でも意識が冴えてきた。
「ほっとくわけにはいかねェしな……それにもしかしたら――」
言葉を切る。彼が、少し躊躇したのが分かった。
「例えどうであれ……生きてる事には変わらねェ……それならイイ事あるよな……?」
それは……どういう……?
やっと、まともに頭が働き始めたのに。
優しげな、悲しげな彼の言葉を最後に、わたしの意識はもう一度闇に沈んだ。
「ねー、なんで永遠さんまでついてくるの?」
「オマエらだけじゃ不安なんだとよ。まったく……アイツのシスコンぶりもあきれたもんだな」
「いい事じゃない?お兄さんが心配してくれるなんて愛されてるんだよ?」
「絵名、過剰投与ってのは身体に悪いって事を知っとけ」
「とにかく護衛なんていらないのに……歌澄、ちゃんとトーコちゃんとこまで行けるよ」
「そういうわけにもいかんだろ。極秘の噂だがこのあたりに二十七祖やら第七位やらがいるらしい」
「わ、それは大変だね?」
「……オマエは分かっているのか不安なんだが……それに極め付けに真祖の姫と七夜の生き残りだ。こう考えれば私をつけるのも頷けるかもな」
「真祖の姫ってアルクちゃんでしょ?たしかにやりあうことになったら怖いけど……もうひとつは聞いたことないよ?」
「……ある意味、真祖の姫よりタチが悪い」
「そうなの?」
「はぁ……やっぱ来てよかったな。
言っとくがあの七夜だぞ?七夜は退魔の一族だが――同時に暗殺者だ。まあ人でありながら退魔士なんだからな、当然といえば当然だ。
だがコイツだけは特別だ。絶対に近寄るな」
「なんで?何処が違うの?」
「オマエ、ほんとに世界的な絵画魔術師か?
七夜といえば七夜の星――つまり北斗七星だ。北斗七星といえば妙見信仰だろう」
「永遠さん、歌澄、妙見信仰ってわかんない」
「がああああっ!オマエらもっと魔術師として自覚と研究意欲を持て!それでも封印指定を受けた絵画魔術師と人形師か!?
妙見信仰は中国の道教の思想だ!北極星を最高位の神として神格化した信仰で、北斗七星はそれと同体ともされた。同体でなくともかなり近い存在とされている。
そしてその最高位の神は宗派によって違うが、その一つに泰山府君がいる」
「あ、知ってる!閻魔様だよねー」
「そうだ。人の生死を司る、泰山府君がな。それにほかの思想では北斗真君といって北斗七星自体が寿命を司る神ともされているんだぞ。
分かるか?その名を与えられた暗殺者がどれほど危険か……」
「名前だけじゃないの?」
「絵名……オマエ勉強しなおせ。名には意味がある。そのモノの在り方に影響するほどな。
暗殺者で、七夜だ……どんな死に近い能力を持っていても驚かんよ」
「たとえば、直死の魔眼とか?」
「ああ、十分にありえる。それほどに死に近い存在だと言う事だ。きっかけさえあれば回線も開くだろう」
「うー……歌澄、大人しくしてる……トーコちゃんにこれ届けて早く帰る……」
「分かってくれたようだな……ならさっさと行くぞ。
くそ、空間転移さえ使えればこんなもの……」
「壊れちゃうんだよ……」
「分かっている!それに私の患者はオマエの兄貴が診ているからな。まあ大丈夫だろうし。
……とにかく、無茶はするな」
「「はーい」」
「……当てにならん……」
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