祐一は、その惨状に重い、どころかこの世界がひっくりかえるのではないかと思わせる強烈なめまいを覚えた。

「なんだよ・・・これは・・・・」

遅れて参上した面々は、リビングのあまりの様相に唖然として口が開けなかった。

 

「な、なんで・・・ここに・・・」

そう、確かに”それ”はあまりに突然の出来事だった。

 

いったい誰が想像できただろうか?

 

予想できなかったことを、誰が責めることができるだろうか?

 

 

「子供がここにいるのデスカーーー!?」

 

 

『あははははは〜』

 

祐一の絶叫は夕暮れの赤く染まった空に吸い込まれていった。

 

 

★かって気ままなHONNY BEES 〜なな〜★

 

ただ呆然と、ことの成り行きを見守るしかなかった面々の中で

一番始めに沈黙を破ったのは、意外な人物だった。

「・・・・・・・佐祐理・・・かわいい。」

「なに!こ、この小さいのが倉田さん!?」

舞の言葉に敏感に反応したのは久瀬。

確かに、舞の目の先の、大きな瞳をくりくりさせた子供の頭には、紛れもなく『倉田 佐祐理』の特徴である大きなリボンが、不釣合いなほどその存在感をアピールしていた。

それは、ほかの二人の子供にもいえたことで・・・・

一方の髪の毛は、子供らしからぬ綺麗なウェーブがかかっており、もう片方の子供のは薄赤い。

続いて、一同揃い踏みのリビングに驚愕が部屋の隅まで蔓延していく。

「じゃ、じゃあ・・・こっちの子は・・・お、おね、おねぇちゃんなんですか!?」

「み、美汐・・・いつから子供になったのー!?」

「わぁ・・・かわいいねぇ。」

「あ、あゆちゃん。現実逃避してる場合じゃ・・・・」

「一般的に考えれば俺たちの見てない間に子供が入り込んだとか・・・そういう結論に達すると思うんけど・・・」

「お、おい。真琴!ずっとここにいたんだろ!?なんでこんなことになったんだ!」

確かに、真琴であればこの惨状を目の当たりにしているだろうことは、誰にでも明らかなことだった。

北川は、その視線を今度はTVの方へと動かす。

そこには・・・・

 

ソファの上でぐっすりと寝転がる名雪。その横に見事に陳列された・・・・・・・無数の酒瓶。

そのラベルには「某七福神の一人」が描かれ、こちらを見て豊満な笑みをたたえている。

そういえば、近々発泡酒にも課税するとかなんとかいってたよなぁ・・・・と北川は無心でのたもうた。

 

「あうー!わからないわよぅ!名雪がひとりで飲んでるからあたしも飲んで・・・・それから・・・・それからの記憶がないんだから!」

祐一に身体を揺さぶられ、完全に目を回しつつも真琴は釈明する。

本人いわく最初の一、二杯で酔いつぶれたらしい。

「しかたがない・・・・マコピー!透視能力全開でこの部屋の過去をサーチするんだ!」

「できるわけないでしょ!」

「やれば出来る!やらずして諦めるとは・・・・貴様それでもマコピーか!」

「わけがわかんないわよ!」

「しかし・・・・もう一人の目撃者が、これじゃあ・・・」

「いきなり素にもどらないでよ!!」

「お前ら、よくそんな漫才する余裕があるな・・・・」

半ば呆れた斎藤の一言に、二人以外の全員がうなずいた。

まあ、とりあえず・・・といいながら、祐一はソファで正体不明になっている”それ”をきっかり二秒見つめ、深くため息。

まるで、いままでの彼の苦労が体中からにじみ出ているようだったと、後に彼の友人Kはそう証言した。

普通に寝ている名雪を起こすならともかく、酒でよってつぶれた名雪を起こすなど、天地がひっくり返っても、度台無理な話であった。

名雪を起こすことを諦めて、いつのまにやら静かになったうしろを振り返ると・・・・

 

「・・・佐祐理・・・・」

すりすり。

「お姉ちゃん・・・かわいいですぅー!」

すりすりすりすり。

「美汐ちゃんもかわいいよー!」

すりすりすりすりすりすり。

 

 

状態は悪化していた。

 

 

「ああああああああぁぁ!」

「相沢、こんなものがテーブルの上にあったんだが・・・」

北川は頭を抱えて左右にふる祐一に同情の目を捧げながら、一つの手紙を渡した。

 

祐一さんへ

             お買い物にいってきます。

             明日まで帰ってこなくても心配しないでください。

                                              秋子より

            追伸:予想効果期間は3日間の見込みです。               

                                                     』

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

ひたすら深い純白の瞬間(とき)

まるで、深海ですらかくやという静寂。

 

 

「あああぁぁぁ秋子さぁぁあん!」

「・・・・予想効果期間てなんだ?」

 

途方にくれる、男二人。

 

 

 

 

すりすりすりすりすりすりすりすり

「ふぇ・・・・・」

「・・・・佐祐理?」

佐祐理の変化に舞は、ほお擦りを止めて佐祐理の顔を覗き込んだ。

子供になった佐祐理の目じりに、透明なものがきらりと光る。

その次の行動を理解した時には、すでに遅かった。

「ふぇぇぇぇぇん!!」

 

 

「ふぇぇぇぇぇん!!」

栞のすぐ後ろで爆発した泣き声は、思わぬところに連鎖を呼び起こした。

「・・・・ぐすっ・・・」

「ど、どうしたんですか?お姉ちゃん」

「・・・・ひっく・・・・・ぐすっ・・・」

「え・・・」

泣き出す寸前の子供―香里なのだが―の前に、栞の頭はパニックに陥った。

(ど、どうしたらいいんでしょうか!?お菓子?・・・甘いもの・・・・甘いもの・・・)

視線をすばやく走らす。

(・・・・・あ、ジャム!!)

その視線に映ったものは・・・・・華やかな瓶に詰められた、これまた華やかな色をした・・・・ジャム。

栞はそれをとり、蓋を開けた。

 

 

時として、無知というものはあまりにも残酷である。

 

 

小さな香里の眼が、そして離れたところにいた美汐の眼までが、栞の手の中のジャムを捉えた。

その四つの瞳が大きく開かれる。

栞はこのとき、『ぞっ』という音を確かに聞いたという。

一瞬、静寂が訪れた。

それは・・・単なる静寂などではなく、例えるなら嵐の前のなんたらとかいうやつで。

次の瞬間・・・

 

『ふえぇぇぇぇぇん!』

 

水瀬家の天井が数センチほど浮き上がるような、大音量の号泣。

 

かくして、彼らの波乱の三日間はここから始まりをみせるのであった。

 

 

 

 

そして・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆういち・・・すきだおー」

 

名雪の寝言は誰に聞かれることもなく、騒々しいリビングへと霧散霧消していった・・・・

続く




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