Interlude

「どういう事だ…。フランが能力を手に入れた時って?」

「これは私がこの紅魔館に来る前から古参でいる、メイドの一人から聞いた話なんだけど…」

 わずかばかりに声のトーンを落とした霧雨魔理紗の問いに、パチュリー・ノーレッジは同じようにトーンを落とした口調で話し始めた。

「妹さ…フランドール様は生まれたときから、あんな能力を持っていた訳じゃないの。まあ吸血鬼である以上、それなりに強い力を持っていたのは確かなのだけど。性格だって普通に子供らしかった」

 妹様。この言い方を魔理紗が好いていないことを思い出し、パチュリーは呼び方を変えた。

「すると…ちょうど今のフランみたいな感じだったんだな」

「ええ…そうね。フランドール様の事に関しては、ホントに感謝してるわ魔理紗」

 自分に近づく者は全て消し飛ばしてしまう、加減を知らぬ能力と性格を持っていたフランドール・スカーレット。

『いた』と過去形で語るのは、フランドールは魔理紗に出会い変わったからだ。

今では棘のある気性は完全に抜け去り、自分の能力もある程度自在に操れるようになっている。

「言っとくけどな、私は何もしてないぜ…。ただずっと独りで寂しそうにしてたあいつと、弾幕(あそ)遊戯(んで)やっただけだ。まあそれはともかく、フランは元から地下室に閉じこめられるような奴じゃなかったって事だな」

「ええ…でもいつの日か唐突に…彼女は自室に閉じこもって誰とも会わなくなった。メイドはもちろん、姉であるレミィとも…。そして自分で血を吸おうとすることも、誰かが持ってきた血を飲むこともなく、一週間ほど経った日…」

 いつの間にかさらに下がった、彼女の声のトーン。

えせ怪談ならここで余韻を持たせた後、『わっ』と脅しが入ってオチが付くだろう。

だがもちろんパチュリーの話しはそんなオチで終わらない。オチは…魔理紗にも分かりきった………。

「私に出会う前の…フランに変わってたって訳か?」

「ええ…。こうしてみると、なんか説明するまでもないような事だったわね…」

 言うとパチュリーは本から視線を更に自分の胸元に落とし、小さくため息をついた。

「そうでもないぜ、少なくとも私には一つのことが分かった…」

「何が?」

「レミリアの症状…。やっぱり恋煩いで間違いないぜ…」

「え?」

 魔理紗があまりに真面目な口調で言う反面、その口元は冗談っぽくにやけているので、パチュリーは最初その言葉の意味を謀りかねてしまった。

だが今まで魔理紗一緒に居た時間が、そういう時の彼女の言葉こそ当てにして良いのだと、パチュリーに教えてくれた。

「フランの奴は…何時だって、みんなと仲良くしたいだけだったんだ…」

 霧雨魔理紗は再びなんの脈絡もなく、話しをフランドールの事に戻した。

レミリアの現状の理由が分かったと言いながら、なぜフランドールの話しに戻るのか。パチュリー・ノーレッジには不明だったが、元々はレミリアが遙か昔のフランドールのように血を吸わなくなったという話しから展開した事である。

フランを自らの能力から精神的に救い上げ、今も彼女の一番の遊び相手である魔理紗だ。今のフランをある意味一番見てきている魔理紗が、そこからレミリアにも繋がる何かを感じ取ったのだろうと、パチュリーは話しに乗ることにした。

「ええ…フランドール様がそう思ってるのは私も分かっていたわ。でも彼女は自らの力のせいで、それは叶わなかった…」

「いやパチュリーそれは少し違う。フランがありとあらゆる物を破壊する程度の能力…それを持つ前から、あいつの本心は変わっちゃ居なかった…誰とでも仲良くしたいってな。でもまあ吸血鬼だからな…。ここ幻想郷に住む人間ならもちろん、よほど強い妖怪でもない限り退くぜ。昔のフランにとってはまさにそれ、自分が吸血鬼である事自体が重荷だったんだろう」

 いくらフランドールが対等な友達としての立場を望んでも、相手はそうはいかない。人ならいつ血を吸われるかという恐怖感から信じ切ることが出来ず。同じ妖怪なら、幻想郷最強と言われる種族の、自分への劣等感に苛まれる。

「でもあいつは相手を憎むことをせず…自分の全てを否定しようとした…。自分の力も、種族も…」

「それは…フランドール様から、魔理紗が直接聞いたことなの?」

「いいや…。だたフランは私に、こう言っただけだ…」

 いつの間にか本を閉じてこちらを見つめるパチュリーから、魔理紗は上へ、天井の方へと視線をそらした。そして何もないその空間に、でも誰かに語りかけるように言葉を紡いだ。

「魔理紗は私の全てを受け入れてくれた、初めての人間(ひと)だよ……ってな」

 そこで魔理紗は、再びパチュリーの顔を見て、

「なんか…考えようによっては結構エロい言葉だなこれって…」

 そう言って頬を緩ませ悪戯っぽく微笑む。パチュリーは呆れてため息をつくと同時、頬を紅く染めていた。

「もう魔理紗…」

 そこでパチュリーは咳払い一つ、気持ちを真剣な物に切り替える。

「とにかく…フランドール様の内面的な心情が、血を受け付けなくなった。要は拒食症みたいなものね?」

「ああ…でも何事も我慢は良くないぜ。ずっと食事を取らないなんて、心はともかく身体が耐えられない。その内反動が来る…」

「身体の自己防衛本能が、吸血鬼としての衝動を極限まで高めた結果…、フランドール様はありとあらゆる物を破壊する程度の能力を手に入れた、いいえ…能力に目覚めてしまったのね?」

「ああ…さすがパチュリー、理解が早くて助かるぜ…」

「でももしレミィに、それと似た現象が起きてると仮定しても、それとさっき魔理紗の言った恋煩いって言うのがどう結びつくのよ?」

 問答を続ける二人の耳に、図書館の外から大きな爆破音が届いたのはそんな時だった。

 

 

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