「なあ…ちょっとした興味本位で聴きたいんだが…」
陽の差し込む窓もなく、魔法の灯りがぼんやりと映し出す室内。
無限の広さを持つと言われる此処、ヴワル魔法図書館の中で、霧雨魔理紗は向かい合い座る少女に人差し指一本立てて問うた。
「なに?」
問われた彼女、パチュリー・ノーレッジは話の腰を折られたことに対し何の感慨もわかないのか、愛想もなく返す。
顔は…魔理紗の方へ向けない。横目でちらりと伺うことすらせず、机の上に開かれた分厚い本の文字を追っている。
「吸血鬼に血を吸われた人間は、同じ吸血鬼になるんだろう。あれってよく考えてみると何でなんだ?」
魔理紗の問いに、パチュリーの視線の動きが止まったのが分かった。
魔理紗がこの図書館の主、パチュリーに公認されて此処を訪れるようになってからもう数知れず。彼女は昔のように素っ気ない態度を取っているわけではない。
それだけ…目の前のすべきことに真剣なのだ。
「意外ね…魔理紗がそんな知識の常識みたいな事知らないなんて…」
パチュリーは本から目を離し、魔理紗の瞳を見つめた。
「そんな常識この館の中だけだぜ…。それに…吸血鬼の生体なんて、普通興味沸くもんじゃない」
知識というなら、魔理紗の知識はもっぱら多目的な魔術の事に限られる。目の前の魔女のように、一日この薄暗い図書館で、誰に披露するわけでもない数多の雑学を読みふけっている訳ではないのだ。
「それで…どうなんだ。言うからには知ってるんだろう?」
再び問う魔理紗の言葉に、パチュリーは口を一文字に結んで、二、三度目を左右に泳がせた。言葉で表すなら『どういう風に説明したらいいかしら…』っと迷っている風な動作だった。
魔理紗が五回ほどパチュリーの瞬きを数えたとき、彼女は視線を魔理紗の瞳の中に戻し言った。
「最も単純な例えで言うなら…ウィルスかしら」
「ウィルス…病原菌? なんだ吸血鬼って言うのは病気だったのか?」
「ええ…それも掛かると二度と治らないわ…」
魔理紗の出来の悪い冗談に、パチュリーも出来の悪い皮肉で返す。
「吸血鬼は…相手の肌に牙を差し込み血を吸う時、そのウィルスを送り込むの。もちろん本人が意識してやってる訳じゃないけど」
「ほお…それで?」
「本来いえ、その段階ではまだ無害なものよ。吸われた人間はただ急に血が抜けて、二、三日身体がだるいだけ。でもそのウィルスがもし生命活動を終えた肉体組織と混ざり合うと、身体は劇的な変化を見せるわ」
そこで一息…。別に話に余韻を持たせようとか、パチュリーは考えたわけではない。吐息持ちの彼女に取って、一気に喋るのはちょっと辛いだけだ。
「ウィルスは血を通じて、その身体を急激な速度で、自らの肉体パターンに作り替えていく。すなわち吸血鬼の肉体へと…。まあちょっと特異なガン細胞みたいなものね」
パチュリーが言葉を締めくくると、魔理紗は意味もなく唇の端をつり上げにやりと笑った。
確かにパチュリーの説明は単純で分かりやすかった。
「要は…吸血鬼に血を吸われて死ぬと…仲間入りって訳か?」
「そうね…だからレミィみたいに小食な吸血鬼だと、吸われた相手はまず吸血鬼化することはないの…」
そう言うとパチュリーは再び視線を本へと向けた。
「なるほど。で…そのレミリアが、小食どころか最近一滴の血も飲まなくなった…って訳か…」
「………」
パチュリーは無言で、魔理紗に縦に頷く動作だけで答えを返した。
「なるほど…」
先ほどと全く同じ応答の意を呟き魔理紗は視線を、パチュリーではなく彼女が読む本へと、そしてその机の上に積み上げられた本の山を見た。
それらは全て吸血鬼に関する伝記、生体に関して書かれた本の類。
いつもの様にこの図書館へ、パチュリーに会いに来て会ったその時には、彼女はこんな状態だった。
それで『本なんか読むより…直接本人聴いた方が早いんじゃないか?』と皮肉った魔理紗に、パチュリーがいつになく真剣に訴えてきたのが、先ほどの事。
『レミィが…最近一滴の血も飲まなくなったの…』だった。
「なあ…パチュリー…」
「なに?」
パチュリーは今度は本に向けた顔はそのままで、目だけを上目遣いに動かし魔理紗に向けて言葉を放つ。
「ええとだな…。きっとそれはあれだ多分…」
「………」
「恋煩い…」
最近夜中レミリアが頻繁に訪ねる、神社に住む自分の知り合いの不良巫女の事を思い出し、魔理紗はあっけらに言い放った。
瞬間、二人の間をばつの悪い沈黙が支配する。
「おい…パチュリーなんか言えよ」
「あなたへ真面目に相談した私はバカだったわ…」
「相談があると言われて、話して貰った覚えはないんだけどな私は…」
「そんな訳ないでしょう…。第一恋煩いなんかだったらレミィなんかより先に私…!」
はっと我に返ったように、パチュリーは息をのむと同時に言葉も腹の奥へ飲み込んだ。
危うく勢いでとんでもなく恥ずかしい事を口走るところだった。
だが魔理紗の方は、それだけでパチュリーが飲み込んだ続きの言葉が分かったらしい。
「………ふふっ」
目をわざとに明後日の方へ向けながら、口元はにやにやと思い出し笑いでもしたかのように緩んでいる。
「な…なによ魔理紗…」
「いや…別に…」
こういう素直でない可愛さを見せてくれるのも、魔理紗がここへ頻繁に遊びに来るようになってから。それも多分自分限定で…。
「と、とにかく…今回はそんな単純な問題じゃないのよ…」
照れを隠すようにパチュリーは本へ視線を落とした。
そして…次に呟いた言葉…。それはもうすでに照れのない…思い詰めたような真剣な一言だった。
「似てるのよとっても。妹様が…ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を手に入れた時と…」